学び舎特集記事

シリーズタイトル:大阪の名所を双六でたどる−浪花名処道案内−

第一回 月と花

 知人が大阪に来た時、名所を案内しようとして困ったことはありませんか。しかたなく京都・奈良・神戸を案内したことはありませんか。しかし、ほんとうに大阪に名所がないかというとそうではありません。「名所」の考え方によるのですが、江戸時代、大阪には多くの名所がありました。それを双六にしたものもたくさん出ていました。

 そのうちの一つ。幕末、1850年頃に出たと思われます「風流/画口合 浪花名処道案内」には、55の名所が描かれています。浄瑠璃の文句やことわざなど、当時の人によく知られた文句をもじった口合(くちあい)(今日いうダジャレ)で絵の説明がされています。


大家な懸屋は鴻池

  双六としては回(まわ)り双六の類です。右下の振り出し(上方では振り始めといいます)から出発して、ぐるぐる螺旋状に回りながら中央の「上り」をめざすものです。振り出しは「台笠立笠大鳥毛」(たいがさたてがさおおとりげ)という、大名行列で奴が持つ道具を並べた文句をもじって「大家な懸屋は鴻池」(たいけなかけやはこうのいけ)とします。声に出して読みますと、うまくもじっているのがわかるでしょう。懸屋は、大名にお金を貸す商人のことです。大阪の豪商鴻池善右衛門のことをいい、絵では今橋にあった鴻池本家が描かれています。これが絵口合です。

「上り」は大阪城。「珍重の御義にぞんじ奉り候」という挨拶の文句を、「錦城の勝地に、のんき酒はづみ保養」、絵は城の堀端で酒盛りをする人たちが描かれます。大阪は町人の町とはいいながら、われらの「お城」だったわけです。以下、口合の説明は省略しますが、大阪の名所を回ってみましょう。振り出しを1と順番をつけ、上りを55とします。 今回は花鳥風月の名所を探します。まず3は「月をながめる四つの橋」とある四つ橋です。今も地下鉄の駅名で残っていますが、西横堀と長堀が埋め立てられてしまいましたので、面影はありません。堀が交差する所ですから、四つの橋が架かっていました。この橋の上で月を眺めたり、夏には夕涼みがおこなわれました。7は猫間川辺の花見。お城の東、現在のJR環状線沿いに流れていた川です。春は桜、秋は紅葉でにぎわったようです。8は野田の藤の花。福島区玉川の春日神社の藤の花は有名でした。26は三巴(三番村)の萩。昔は梅田あたりもさみしい所、その北はまして静かで、秋になると萩の花がきれいなようでした。39浅沢の杜若(かきつばた)。住吉大社東南の浅沢の弁財天の周りは沼地で、古来杜若で知られます。52桃畑の桃。環状線の「桃谷」のあたり。今日では信じがたいかもしれませんが、大阪市内に花の名所もたくさんあったわけです。

執筆者紹介  荻田 清(おぎた きよし)

1951年香川県生まれ。大阪大学文学部卒。大学院も大阪大学。江戸時代の文学・芸能、特に上方歌舞伎の歴史を専門とする。学生時代、落語研究部だったことから、古い大阪に興味をもち、大阪文化研究も志し、国立文楽劇場の研修生に「大阪の文化」を講義している。。また近年は、文化庁や芸術文化振興会の委員を務め、落語・漫才・浪曲・講談など関西演芸の調査も行っている。

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